【日本文化】日本学生服的历史

2023-03-18

1879年(明治12年)
学習院で制服が採用される
皇族や華族の子弟のための学校としてつくられた学習院で、詰襟の制服が取り入れられました。
日本の明治から昭和初期までに存在した特権階級の人たち


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写真は1893年(明治26年)撮影のもの


1885年(明治18年)

東京師範学校女子部で洋装を導入
ヨーロッパの文化を積極的に導入する動きが高まる時代になり、女子も洋装を導入する学校がありました。しかし、その後ははかま姿が普通となっていきました。

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提供:お茶の水女子大学


1920年(大正9年)

学校の制服にセーラー服が採用される
京都府京都市の平安高等女学校(現在の平安女学院)で、セーラー服が採用されました。この制服にあこがれて志望する人もいたといいます。


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提供:平安女学院


1960年代後半

初めてブレザー制服が登場
全国で初めてブレザー(スーツスタイル)の制服が登場します。多くは無地で紺色単色のものでした。学生運動の高まりとともに一時的に制服自由化運動がおこり、都市部では制服が廃止される学校もありました。

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1970年代後半

変形学生服が大流行
応援団が着用していた変形学生服が徐々に浸透していきました。ドラマや漫画の影響もあってツッパリ文化全盛期で男子は「長ラン」「短ラン」「ボンタン」などが大流行。女子も短い上着、足首が隠れる丈の長いスカートスタイルが見られました。


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1990年代

DCブランド制服が登場
ブレザー化が浸透し、紺系が多かった制服に赤系、緑、キャメルなどのカラーバリエーションが増えました。また学校の特色を打ち出すため、一流デザイナーが手掛けるファッション性を重視したDC ブランド※制服も登場しました。
※デザイナーズ&キャラクターズブランドを意味し、デザイナーズブランドを総称したもの。


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1990年代半ば

着崩しファッションの大流行
制服を着崩した独特の制服ファッションが大流行。男子はズボンをずらして履く「腰パン」スタイルや、女子は極端に短いスカートにオーバーサイズのカーディガン、ルーズソックスをあわせるスタイルが定番でした。


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この頃、着崩しに対応する「着崩し防止アイテム」が考案されました。例えば飾りベルトをつけてウエストでの折り曲げを防止したスカートや、シャツの裾を出して着用してもだらしなく見えないオーバーシャツなどです。同時に、服装で強制するだけではなく正しい着こなしを伝えたいと、制服メーカーによる「着こなしセミナー」も始まりました。


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2020年代

多様性を認め合える制服の登場
1990年代後半からあった女子スラックスなども浸透していき、2020年代には前合わせを自由に変えられる男女兼用デザインのブレザーや、ネクタイ・リボンの選択制、あるいはノータイスタイルを導入するなどの変化が見られるようになりました。

00.jpg二十一世纪



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